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2011.06.14 Tuesday / - / スポンサードリンク

讃歌

錚々たる午前一時の東雲や高らかに、
桜吹雪の夏の声調はハチドリを捕らえて二転三進。
夢の頂に御座す振り子の君はメイプルシロップの壜を弄び、
螺旋階段を縦横に舞い踊る矩形波は快晴の天蓋。
紅、蒼、翠、金銀の文字列がベッドルームから溢れ出し、
滝壺は程なく図書館からドラゴンの巣へと転じる予定調和。
幾星霜の確約も明日の天気予報の前に雲散霧消する。
草原を創世する正弦の光と影の総和を乱す素粒子の歓声、
いざ滔々と降り注げ振幅を彩るノイズの雨!
この世はまさにメルヒェン!!

憧憬、あるいは郷愁。

霧とも霧雨ともつかない一面の白い雲の中、足元の歩き慣れた木道だけが辛うじて見分けられた。
草樹の息遣いすら静寂に溶けゆくこの空間に、響くのはただただ自分の足音のみ。
この幻のような夕暮れこそ、山深いこの土地の晩春の風物詩であった。

丸木積みの山小屋に帰り着く頃には陽も落ちかけ、世界を抱く雲は薄暮の紫色に染まっていた。
後ろ手にドアを閉め、手探りで明かりを灯すと、高い三角屋根に縦横に渡された梁の影が映る。
二重ガラスの窓にカーテンを引き、山積みの薪をいくらか暖炉にくべると、程なく穏やかな暖かみが部屋に満ちてゆく。

あり合わせの野菜とホワイトソース、チーズを深皿に放り込み、薄切りのパンと並べて暖炉の石窯へ。
一杯目のハーブティーが残した湯気を目で追ううちに、焼けたチーズの泡立つかすかな音が聞こえて来る。
山葡萄のジャムの瓶に映り込んだバターナイフは狐色のパンが暖炉から下ろされるのを今か今かと待ち焦がれ、
使い込まれたフォークとスプーンはその傍らでささやかなメインディッシュを出迎えようとしている。

山小屋の煙突から香ばしい煙が立ち上る頃、辺りを覆い包んでいた雲はいつの間にか人里へと流れ去り、
銀の月と無数の星達に飾られた風景に、白樺の枝を走るリスの影だけが僅かばかりの動きを添えていた。
五月を迎え今なお冷え込む山の夜は、どこまでも静かに更けてゆく。


猫の夢

「――くぁ」

午後の旅宿の空き部屋に、小さな欠伸の泡ひとつ。
長い尻尾の黒猫ひとり、出窓の縁に腰掛けて、滲んだ空に背を向けて。

「……みぃ」

振り返り、呟き。雨音。
小道は水底、木立は踊る。色とりどりの無彩色。

ごろん。

窓枠ひとつに隔てられ、綿の客間は別世界。
硝子瓶には紅の花。見上げて寝そべり、暫し微睡み。

――すぅ。

やがて水音は遠ざかり、雨上がり、緑の香り。
雨雲は地平線、風が運んだ夏の空。窓辺に陽射し、空には淡く虹の帯。

「――みぁ、」

彩雲渡る猫の夢、目醒めた部屋は紅、朱、黄金に緑青、紫藍。
花瓶の小さなひび割れに、跳ねた光も七色に。

「…………」
「にぁ」

開いたままの扉の影に、三日月尻尾の白猫ひとり。
七分間の彩りを、踏み越え横切り南の窓へ。音もなく。

「みぃ」
「にぃ」

午後の旅宿の空き部屋に、小さな欠伸の泡ふたつ。
軒先落つる雨滴、硝子を透した虹も散り。



遠く風鈴、夏の夕暮れ。



----


朝が、今、宇宙の、遠境に、訪れて。

淡い紫色に染まりゆく空を
一杯に満たしていた星々はもう
薄らいで消え入りそうで、
円弧を描く光月の白い輪郭も
遅からず見えなくなると思われた。

皆既月食の夜が明けて
樹も水も人々も未だ眠らず、
空気のぴんと張りつめた
経度二百二十四度の空。
興奮の尾羽はまだここに満ちている。

最初で最後の朝明けの
瞬間を見届けるために、
既に白に融けて見えなくなった
星雲との別れを惜しむように、
空をじっと見つめていた。

太陽の前兆の眩さに目を細め、
小さな小さなこの星と
月の夜だけが存在した時代、
天使の住まう雲が空に泳いでいた
遠くない昔に思いを馳せて。

何もない世界に生まれた私達は
二重に隔絶されていた。
縫い目の向こうに隠された光にも、
眠る世界はいつまでもこのままだと
脳裏に繰り返してきた私達自身にも。

薄暮と薄明の間にたゆたうこの世界に
陽の光なんて必要なかったのに。
不変の日々がただそこにあるという
平穏こそ求めるものだったのに。
本当の願いはいつも踏みにじられる。

満月の夜の優しさがもう二度と
見られないということも、
無限の星空ももう二度と
目にすることさえ叶わないことも。
妄執だと片付けられる気はしない。

焼けた空の縁が白く輝きはじめ、
雄大な地平の果てに光が走る。
夜が今、明ける。

落陽の日から一万年を数え、
離別して久しい太陽に再び相見えた星は、
流転の大いなる波へとその身を投じるのだろう。
烈日に焦がれ続けた揺りかごはそうして
牢獄となり私を縛り付けるのだろう。

私の迎えた初めての朝、私は世界に別れを告げた。



----

星屑城の話

遥かな世界の青い空
星を見渡す森のふち
だあれもいないお城のなかに
まっしろ竜がすんでいる

まっしろ竜は王様で
お城といっしょに眠ってる
だれかが訪ねるその日まで
時を抱きしめ夢を見る

永い眠りをさますのは
ひとりの猫のものがたり
長い旅路の果ての果て
一夜の安らぎ求めたならば
真夜中の部屋 動き出す時計
凍った時間が静かに融けて
ここからはじまる ここからひろがる
ぼくらの出会いとものがたり

時計の鐘が朝を告げ
目覚めたそこは光の広間
玉座に座って微笑みかける
まっしろ竜の城主様



「ようこそ、星屑城へ」



----

きれいな色を拾い集めて、籠いっぱいの星屑を抱えて。

 頭上の遥か高くにかすむ月を飛び越え竜が舞う。半透明の樹は風に流
され竜の羽跡を横切って、球形の空の遥かな地平の中を、遊ぶように、
歌うように、どこまでも泳いで行く。泳いで行く。

 太陽めがけて大きく伸びた色とりどりの果樹が、鈴なりの花の香りで
微睡む獣を外へと誘う。一歩踏み出せば白い町。連なる家並みは暖かみ
を灯す石造りで、草葺きの屋根がときおり暖炉の薄い煙をなびかせる。
坂道と岩の階段の町。西側の山から吹き下ろす風は暖かく、南は空へと
通じる丘の道。果樹の若々しい緑が町に彩りを添える。
 目覚めた部屋からは、深い深い青を背景に尾を引いた雲の向こう側、
遠くに浮かんだ大陸が白い窓枠のキャンバスを通して見えていた。午前
の日差しは無地の絨毯の上に影と光の模様を落とし、窓から窓へと抜け
る風は初夏の兆し。午睡を切り上げ、立ち上がる。
 渡り廊下の風よけは織り目の粗い極彩色の布。階段を下りて左手の壁
には丹念に手入れされた様々な調理器具が吊られて並ぶ。明々と燃える
暖炉からもれだす甘い香りは黄色の果物のパンだろうか。調理場から立
ち上る白い湯気が、家主の帰りはそう遅くないと知らせる。
 鈍色の小鍋を火から少しだけ遠ざけて、そっと蓋を開けてみる。この
地方でよく食べられる若々しい緑菜が湯の中に踊っていた。朝焼けの草
原の淡い香りが鼻をくすぐる。
 細やかな波を描く葉を菜箸ですくい上げ、味見を少々。壁にかけられ
た香辛料入れから、オレンジ色と金色の粉を選んで一つまみ。緑色の野
菜の上でひときわ目立つ星が散る。遠くの海の国では当たり前の技法だ
けれど、もう長いこと見ていない気がした。



----

おやすみの時間

「…………ふぁ」

薄暗い部屋の片隅に小さな欠伸を投げて、
淡い月色がかった竜が静かに目を覚ます。
煉瓦の壁に掛けられた振り子時計の針は
眠りにつく前とぴったり同じ、25時61分。

竜はベッドから飛び降り、光の差す大窓へ寄る。
空は白く澄み、太陽と二つの月は定位置から動かない。
草樹も、水も、風さえも、全ては動かずそこにある。

「……たまには眠るのもいいけどさ」

竜は色のない世界を見渡し、ひとり呟く。

「いくらなんでも長すぎだよ…………」



眠り続けるこの世界が目を覚ますのは、
まだもう少し先のこと。




青空の下

「ねえ、空の下って何があるとおもう?」
「空の……下?」
突然の問いかけに、私は思わず返事に詰まる。

「うーん……やっぱりどこまでも空なんじゃない?」
「そっか、そうー……なのかなあ」
根拠のない憶測でそう答えてみたが、
彼はどうやらその答えでは納得できないようで、少し考えたのち再び口を開いた。

「僕たちの周りってさ、空の青か雲の白ばっかじゃない?
 でも、下の方を眺めてるとたまに雲の向こう側に別の色が見えるんだ」
「え、青でも白でも黒でもなくて?」
まさか、と思って向き直るが、彼はあくまで真剣な面持ちだった。
私は前翼で身体を半回転させ、遥か下を流れる雲のさらに向こうへ目を凝らす。
下の方では大きな雲が幾重にも重なり合っていたが、その雲と雲の隙間に、
言われてみれば気付くか、程度に微かだが確かに見慣れない色があった。

「ほんとだ……」
と、その微かな色を見ながらふと考える。
空の下の話なんて誰かに聞いたことがあっただろうか?
空はどこまで行っても空だ、なんて教わった記憶はあるけど
それはあくまで東西南北、水平方向の話。
ずっとずっと高いところは空がどんどん薄くなって
寒さでとても飛んでいられなくなる、なんて話も聞いたけど
じゃあ低いところはどうなんだろう?

「なんだろう、あの色……夜空の色にもないよね」
「そうなんだよね。あのさ、ちょっと考えたんだけど……」
そう言って彼は声をひそめ、私に耳打ちする。

「……空の下には、ぜんぜん別の世界があって
 竜じゃない別の生き物がいっぱい生活してるのかも、って思うんだけど」
「…………ぷっ」
そのあまりに突拍子もない考えに、私は思わず吹き出した。

「なんだよっ、笑わないでよ! 真剣なんだぞ!」
「あははははっ……ご、ごめんっ。でも、あんまり夢みたいで……っ」
「もうっ、ひどいなあ……」
ちょっぴり拗ねた様子でそっぽを向いた彼の様子がまた可笑しくて、
私は少しだけ滞空する位置を上げて、彼の頭をなでてやった。

「昔からこうだったよね、しっかりしてるんだけど夢見がちで」
「夢じゃないよっ、ほんとにそうだと思ったんだから!」
「きっとね、それが夢見がちって言うんだよ」
「……うー」

「でも、君のそんなところ、私は好きだよ?」
「え……!」

再びそっぽを向いてしまった彼を横目に、
私はもう一度遙か遠く、青空の下へと視線を移した。
不思議な色はもう雲に隠れて見えなくなっていたが、
もし空の下に彼の言うような別世界があったら
それはそれで素敵かも、なんて柄にもない想像をしながら、
彼が遅い返事を返すまで私は広い空の下を眺めていた。



絵本の話

ひとつの物語のおしまいは
ひとつの世界とのお別れだけど。

最後のページで立ち止まっていても
物語の続きは見えないから、
今度はこの絵本から飛び出して
ぼくたちが世界の続きを切りひらこう。

ひとつの物語のおしまいは
ひとつの世界への旅立ちなんだ。

空へ投げる手紙

真っ青で真っ白できらきらに輝いてて
そんな君が眩しくて僕までわくわくしてくるんだ
遠い遠い太陽の国の陽射しが空いっぱいにあふれてて
元気いっぱいの草木が小さなジャングルを作り出す
穏やかに過ぎていく心地よい日々も大好きだけど
やっぱり君に似合うのはとびきりの冒険だって
僕は君に会うたびにそう思うんだ

そして
いくらずっとここにいてくれるような気がしていても
今年もやっぱりいつの間にか君は空の向こうへ飛んでいく
別れはいつだって淋しいものなのかもしれないけど
僕は君が去った事に気付いた淋しさがとても特別なものに感じるんだ
他のみんなも同じくらい大好きだよって胸を張って言えるのに
こんなに晴れ晴れとした深い淋しさを残して行くのは君だけなんだ
「もっともっといろんな国を、いろんな空を照らしに行くよ」
少し笑ってそう言って君は空の向こうへ飛んでいく

大好きな季節へ。
また来年、待ってるからね。